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ティーズボーン辞典
『錫(すず・スズ)・ピューター辞典』

  すずは、英語:Tin 元素記号:Sn 漢字:錫

錫(すず)は、古来から知られている元素で、錫の元素記号の由来はラテン語のstan-nunからきています。古代から用いられた合金の一つである青銅とは錫と銅から作られています。錫(すず)は地球上に約450万トン以上存在すると言われる原鉱石である錫石から得られ、年間16万5000トンが生産されています。 錫(すず)は、やわらかい銀白色の金属で、酸化被膜のため酸素におかされず水とも反応しません。錫(すず)は、融点が低く、230度で溶かすことが出来るので、加工しやすく、扱いやすい性質を持っています。錫(すず)は、水を浄化する性質を持つと言われて、中国では井戸の底に錫(すず)を沈めたそうです。錫(すず)は、うまみを損なわず、そのものの味を引き出す力を持っており、錫(すず)の酒器で飲むお酒は、まろやかさが増すと言われております。


 【錫 (すず)製品の特徴】


 
錫(すず)ピューター製お銚子/お猪口セット
「錫(すず)お銚子/お猪口セット」
錫(すず)は不純物を吸収する性質があり、 水を浄化する作用があるとと言われておりますのでグラス・花瓶など幅広く利用されております。
錫(すず)はイオン効果が非常に高く、お酒やお茶・水などの味ももまろやかに美味しくなります。
宮中では、意味が転じて中身のお酒を「おすず」と呼んでおります。 


錫(すず)を花瓶に利用すると浄化作用で水垢がでにくく、花が長持ちすると言われています。
錫(すず)ピューター製一輪挿し
「錫(すず)ピューター製水差し」


錫(すず)は、金属臭がなく人体には、全く無害な金属です。
熱伝導率が極めて高いので、「保冷・保温」性に優れおり、冷たいビールを錫(すず)のビアマグに注げば、瞬時に器が冷やされて、長時間おいしいビールをお楽しみ頂けます。
錫(すず)は美しい光沢を持ち、食品中に含まれる有機酸に対して鉄を犠牲陽極的に保護することから食品や飲料用の缶用材料として今でも幅広く使用されています。







一般的に錫(すず)の食器を見た方は「銀食器」と思われる重厚な輝きと質感があり、加工しやすいと言う利点から非常にデザイン性の高い優れたものが豊富となっております。
錫(すず)ピューター製ビアマグ
「錫(すず)ピューター製ビアマグ」
錫(すず)は手入れも簡単で錆び・変色がなく、長期間使用できます。
   
   
   

 【錫 (すず)製器の歴史】


世界で一番古い錫 (すず)と言われているのは紀元前1500年頃、エジプトの古代遺跡から出土した"巡礼者の壷"と言われております。
日本では1300年くらい前の飛鳥・奈良時代に中国から渡来したとのことです。
古くから神酒徳利や茶器に使われ、貴族などの特権階級に広く愛用されました。
江戸時代前期には、庶民にも広まったそうです。


 【錫 (すず)製品のお手入れ方法】

  

●錫(すず)は錆びないので、お手入れは簡単です。
●水かぬるま湯で洗い、柔らかい布で水分を十分ふき取って下さい。(中性洗剤は使用しないで下さい)
●汚れがひどい場合のみ、柔らかい布に練り歯磨き粉をつけてよくふき取ってください。
●金属たわしやクレンザーの使用は避けてくださいキズが付く恐れがあります。



 【錫 (すず)製品のお奨め】

  
錫(すず)は、古来より高級感のある金属として珍重され、使い込むほど良さが出てきます。割れたり、変色がほとんどありませんので、永年お使いいただけます。
記念品としても最適で、結婚10周年の錫婚式のお祝いはじめ、誕生日などのお祝いや成人の日・母の日・父の日・敬老の日などのプレゼントにも最適です。
例えば、錫(すず)は金に次いで水を浄化(イオン化)させる働きが高く、ビールやお酒を澄みきった透明感のあるまろやかな味わいに変化させます。
また、熱伝導効率が非常に高く、器を冷やさなくとも冷たいビールを注ぐと瞬時に同じ温度になります。ビアマグで、おいしいビールを満喫してください。

錫(すず)ピューター製ビアジャグ
錫(すず)ピューター製ビアマグカップ
錫(すず)ピューター製ビアマグカップ


 【ピューター(R.Cピューター R.C Pewter)】

  
ピューターの価値は錫(すず)の純度でによってまり、良いピューター製品ほど光沢が見られます。安物(純度の低い物)はすぐ錆びてしまうので注意が必要です。
ピューター(Pewter)、または「しろめ」とは、スズを主成分とする古くからある低融点合金であり、主に工芸用に使われています。成分の一例はスズ93%、7%のアンチモンで、融点は約250℃で青灰色をしています。
元々はスズに鉛を加えていましたが、最近では鉛の規制に伴って、代わりにアンチモンを加えることが多くなりました。また、ビスマスや銅を含むこともあります。


 【ピューターと錫 (すず)の違い】

  
ピューターは錫(すず)を主成分とし、これに銅やアンチモンを加えて調整した合金です。その組成はさまざまでありますが、標準的には91%の錫(すず)・2%の銅・7%のアンチモンを含んでいます。


 【ピューターの工芸の歴史】

  
本当の意味でのピューター(錫(すず)製品)工芸は、古くローマ帝国占領下のイギリスで始まりました。ローマ帝国の兵士たちは、イングランドの鉱山から産出する錫(すず)からピューター(錫(すず)) 製品を鍛造して使用していました。この鉱山は、当時世界最大の錫(すず)・銅・鉛の鉱山でした。これらの金属は、中世からルネッサンスにかけて、当時イギリスの主要な輸出品となりました。
中世になると、ピューター(錫(すず))の人気は急速に高まりました。1290年頃、イングランドの王エドワード1世は銀製の皿は一枚も持っていなかったらしいのですが300ものピューター(錫(すず))製の皿や塩壺を所有していたそうです。さらに1348年には、ロンドンが世界最大のピューター製品生産地になりました。イギリスでは、ピューター(錫(すず))製品に関する品質基準が定められて厳格な管理が行われました。その結果、ピューター(錫(すず))製品に対する高い評価が定着しました。現在では、マーレーシア・タイなどを中心とした東南アジアなどでも多く作られており旅行の際のおみやげ・個人輸入商品として購入者が増えております。


 【タイとすず(錫)の関係】

 
タイで錫(すず)との繋がりであげられるのが、皆さんがご存知のプーケット。プーケットの魅力と言えばビーチですが、プーケットと錫(すず)の繋がりは歴史が古く、1603年にオランダ人がやってきて、錫(すず)の商売が始まったとされています。その当時のプーケットは、一つの島の真ん中から北側の住民(タイ人)と西・南側の住民(ポルトガル人・フランス人・オランダ人・中国人・インド人・イギリス人)が入植していましたが、主要な商品として、錫(すず)の取引が頻繁に行われていたそうです。現在でも、錫(すず)は島の代表的商品のひとつです。
タイ プーケット島
タイ プーケット島





エイ革辞典

当社のスティングレイ(エイ革・エイ皮)は、最高級のスティングレイ(エイ革・エイ皮)のみを使用しております。
スティングレイ(エイ革・エイ皮)の中心にある白い模様『スターマーク』はスティングレイ(エイ革・エイ皮)の背中の中心に一つしかない貴重な物です。

スティングレイ(エイ)は、古くから幸福の魚「ラッキーフィッシュ」として重宝されており、中国では、泳ぐ宝石とも言われ、「天眼」「神の目」と崇められてきたのです。1匹から1つしか加工されないスティングレイの「スターマーク(天眼・神の目)」そして、ビーズを敷き詰めたような表面の皮は、非常に美しく輝き、古来より様々な装飾工芸品に用いられていたと言う事です。スティングレイ(エイ革・エイ皮)をなめす技術が開発される以前には、漁業文化を持つ殆んどの人が食料として、魚肉を取引するだけであったらしいです。本当にもったいない話です。

スターマーク

 

そして更に、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、美しいと言うだけではありません。「カウレザー(牛革)30年、スティングレイ(エイ革・エイ皮)100年」と称されるほどで、最高の強度を持つ革の素材と言っても過言ではありません。何故なら、普通のカウレザー(牛革)は、繊維が平行であるのに対し、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は極めて細かい繊維だと言う事なんだそうです。


スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、その美しさ、耐久性により長い間数世紀にわたり利用されて来ました。実際に、日本でもスティングレイ(エイ革・エイ皮)を刀の装飾・外飾(刀の柄の部分など)に使われたり、兜に使用した歴史があり、800年以上も前の加工品が今でも立派に残っているのです。更に、ヨーロッパやアメリカでも、刀や短剣等にスティングレイ(エイ革・エイ皮)を使うと言う事は大変な人気で広く使われていたそうです。
今日、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、装飾芸術の面や強度の面において様々な家具・工芸・ハンドバック財布(ウォレット)・ベルト・バングル・ブーツそして、多くのアクセサリーなどで使われています。
当店では、その貴重なスティングレイ(エイ革・エイ皮)を使用し、稀少価値が高いスティングレイ(エイ革・エイ皮)のスターマークをおしみなく使ってバック・ロングウォレット(長財布)・三つ折ウォレット(財布)やメディスンバック・ジッポケース等を多種多様に取り揃えております。
スティングレイ(エイ革・エイ皮)&カウレザー(牛革)のロングウォレットや三つ折ウォレット(財布)等に付いているアクセント類(チェーンホールやボタン類)はスティングレイ(エイ革・エイ皮)製品に非常に合うシルバーを使用しているのが殆んどです。


ウォレットチェーンの細かさは職人がハンドクラフトで製作しておりますので、オリジナルデザインのウォレットチェーンも数多く、現品限りのウォレットチェーンも御座いますので、品切れの際は御容赦下さいませ。シルバーのウォレットチェーンをスティングレイ(エイ革・エイ皮)ウォレットにつけてオリジナルアイテムで決めるのもいいんじゃないでしょうか。

スティングレイ(エイ革・エイ皮)


ガルーシャとは・・・?

スティングレイ(エイ革・エイ皮)(毒針を持っているエイ・アカエイ)と聞いて、いったいどの様な革であるか思い浮かばない方も沢山いる事と思いますが、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、「ガルーシャ(Galuchat)」ともいわれています。
腕時計のベルトやハンドバック・ベルト・ジッポ等に使われており、雑誌等でも注目されている最高級のガルーシャも同じスティングレイ(エイ革・エイ皮)です。 また、「シャグリーン(Shagreen)」(英語で粒起皮・鮫皮と言う意味)とも呼ばれているそうです。
スティングレイ(エイ革・エイ皮)はとても丈夫で魅力的な革であると言えると思います。


スティングレイ(エイ革・エイ皮)の特徴は?

エイ

スティングレイ(エイ革・エイ皮)の最も注目するべき特徴とは、その光沢のある独特の革表面にあるのではないでしょうか?

スティングレイ(エイ革・エイ皮)の表面部分は、1o〜2oの小さなビーズのような粒(リン酸カルシウムでできています。)で作られており、粒の中でも星<スターマーク>(珠)と呼ばれる、大きさ2o〜3oのものは、普通、一匹のスティン グレー(エイ)から一つしかとれない物です。(この星<スターマーク>がいくつも連なって、連石と呼ばれるスティングレイ(エイ革・エイ皮)もあります。)

星<スターマーク>(珠)が取れる部分とは、エイの目の後ろ(背中)の部分です。
このスティングレイ(エイ革・エイ皮)の星<スターマーク>(珠)は、他の革製品には見る事の出来ないポイントです。 また、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、非常に硬い革の為に傷が付きにくい物であり、他の革と違いお手入れのほとんど必要もありません。

スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、多数ある革製品の中でも、長くご愛用でき最も耐久性が高い革製品であると言えます。


スティングレイ(エイ革・エイ皮)の加工

スティングレイ(エイ革・エイ皮)は非常に硬く、加工がしにくい革であると言えます。
ハサミなどでは切りにくい為に、小刀などを使用して裁断します。
又、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は均一に染めるの事が非常に難しい為、淡い色や明るい色は、若干の染めムラが発生する事があります。これは、スティングレイ(エイ革・エイ皮)の特徴でもある皮表面の粒が、スティングレイ(エイ)の使用する革が取れた部分や固体差によって大きさが異なるため発生するものです。
また、輝きを押さえる為や、スティングレイ(エイ革・エイ皮)の柄(がら)を楽しむために、表面の粒をグラインダーなどで研磨加工する商品もあります。
スティングレイ(エイ革・エイ皮)独特の輝きは無くなりますが、研磨された滑らかな革表面と独特な柄(ガラ)は非常に魅力的な商品です。

スティングレイ(エイ革・エイ皮)加工品は、東南アジアの国々が主な生産地です。
古くからスティングレイ(エイ革・エイ皮)を利用して来ていた東南アジアでは、非常に腕の良い職人が多いと言われ、様々な製品にスティングレイ(エイ革・エイ皮)を加工する技術を持っているそうです。


エイ

スティングレイ(エイ革・エイ皮)は日本でも古くから刀などの装飾に使われていました。
これらのスティングレイ(エイ革・エイ皮)は鮫革と呼ばれ、刀の柄(つか)の装飾に使われていたそうです。 しかし、加工できるエイが生息していない日本近海な為、スティングレイ(エイ革・エイ皮)は昔も輸入品だったと言うことです。
正倉院にある「金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんかざりのからたち)」も柄の部分がスティングレイ(エイ革・エイ皮)で装飾されているそうです。 1000年も前の昔から、日本にはスティングレイ(エイ革・エイ皮)製品があったと言うわけです。

最近では、ルイ・ヴィトンやダンヒルなど、超一流と言われるブランドにも多く使用される様になりました。


何故、ガルーシャって言う名前がついたのか?

スティングレイ(エイ革・エイ皮)は、昔から最高級素材として使われてきたわけですが、色々調べると、高級素材として登場したのは、18世紀のフランスだったそうです。
当時、フランスでスティングレイ(エイ革・エイ皮)の鞘作りで有名な革職人だったジャン クロード ガルーシャ(Jean-Claude Galuchat)は、その加工技術を鞘以外にも使い始め、スティングレイ(エイ革・エイ皮)で作られなかった様々な小物類などをスティングレイ(エイ革・エイ皮)で作りました。これらの小物類装飾品の数々が大変魅力的な当時のフランス国王ルイ15世の目にとまり、ジャン クロード ガルーシャは国王と側近のために その腕をふるったわけです。
ヨーロッパでは、この偉大なスティングレイ(エイ革・エイ皮)職人の名を取って、スティングレイ(エイ革・エイ皮)を「ガルーシャ(Galuchat)」と呼ぶ様になったのです。



ちょっとした雑学

アカエイ(スティングレイ)
学名 Dasyatis bleekery, Dasyatis brevicaudata

サメの近縁でもあるエイ革は7科50種、約318種と多様で世界中の熱帯、亜熱帯および温帯海域に大量に生息しており、2属は南アメリカの淡水域に分布している種もいます。

アカエイ科のスティングレイ(刺すトゲを持ったエイの意)は尾部の背中側に1〜数本の長いトゲを持っているところからそう呼ばれているのです。
世界の熱帯から亜熱帯の海に広く見られますが、海底では砂に埋もれ隠れており、食性は貝類やエビ、カニ類などの甲殻類です。
スティングレイの皮は、表皮を取り除くとそこに「石」と呼ばれるリン酸カルシウムからなっている小さい粒状様の盾鱗におおわれており、背部の中ほどにはメインとなるやや大きめな石が数個たてに並び、ユニークな特徴を見せているのです。

他にも、バングル等の商品又は他にはない商品も各種取り揃えておりますので、是非、ごゆっくりとご覧下さいませ。

革のお手入れ

ナチュラルサドルレザー(ヌメ革)の場合
ナチュラルサドルレザーの商品は、晴れた日に直射日光で夏場では7日間、冬場では2週間ほど日光浴させてから、使用する事をおすすめ致します。(屋外で使用することが多い場合は特に必要ありません。)
出来れば日光浴前に革用オイル、WAXを塗る事をお薦めいたします。 日光浴させることにより革の中の水分と油分が出てきてそれにより革の表面に保護膜を作り、汚れが付きにくくなると同時に少しづつ飴色に変化し、革の味わいも増して来ます。


また、ちょっとした汚れには目の細かい革用消しゴムをご使用下さい。
革用クリーナーの中にはシミが残るものもございますので目立たないところでためしていただいてからご使用下さい。又ちょっとした雨シミなどはなるべく早い時期にタオルにぬるま湯を含ませ軽くしぼってから、全体をまんべんなく拭いて自然乾燥させます。

4ヶ月〜半年に1度くらい、WAXまたは革用オイルなどを薄く塗りまんべんなく油分補給をすると長持ちします。 塗りすぎると、革がやわらかくなりすぎる可能性がありますので避けて下さい。

染色されたレザーの場合
日光浴をさせること以外はヌメ革と同様にお手入れしていただければ、けっこうです。 水に濡れた時は、乾いた布で軽くたたくように拭きとり、陰干して下さい。

トカゲ革の場合
カラ拭きでホコリや汚れを落とし、ナチュラルレザーワックスをごく少量塗布し、やわらかい布で丁寧に磨いて下さい。ツヤ感を保つ事が出来ます。

エイ、クロコダイル、パイソン革の場合
牛革と違い革の密度など表面の加工が非常にしっかりしておりますので、メンテナンスは基本的に不要です。



アジアン雑貨≪タイ輸入雑貨≫ 辞典

タイの伝統的な工芸品やアジアン雑貨≪タイ輸入雑貨≫などのベンジャロン焼きや、民族コットンバッグ(モン族グッズなど)、アロマキャンドル、ウッドフラワーベースなどのタイ輸入雑貨≪アジアン雑貨≫類にタイシルクが入ったテーブルクロス、ピローケース(枕カバー)やベットスプレット(マルチカバー)に木製のバンブー製品の小物入れなどの販売。良い物が有ると聞けば、タイ・バンコク、シンガポールに中国やアメリカなど各国に足を運び日本国内ではなかなか手に入らない人気の品々など、タイ輸入雑貨(アジアン雑貨)商品を個人輸入代行させて頂いております。また、タイの伝統工芸品や民族の歴史もご紹介していますので是非ご覧ください。

【各種アジアン雑貨/タイ輸入雑貨



タイの焼き物ベンジャロン〈ベンチャロン〉の歴史

ベンジャロン〈ベンチャロン〉は、古代サンスクリット語のベンジャとロングを語源とし、五色→多色を意味するタイの伝統的磁器なのです。5色は多色の意味しており、ベンジャロンは3色や5色また5色以上使われているものも沢山あります。
アユタヤ王朝後期の16世紀末〜17世紀前半頃の中国より、白い磁器に多色の上絵具を焼き付ける技法が伝えられたのです。当初は、タイ国王が職人を中国に送り、そこで製造した物を、タイ王室用にタイへ輸入していました。

当時アユタヤは、諸外国との交易により発展して、東南アジアでも有数の商業都市となり、山田長政で有名な日本人街が出来たのも丁度この頃と言われています。当時のヨーロッパでは磁器の製造技術がなかったため、中国・日本から輸入されていたようです。
ヨーロッパで磁器の生産方法を確立出来たのは18世紀頃になってからです。
初期のベンジャロンは現在のものと異なり金彩のない色絵磁器(赤絵磁器)で、今から200年程前のラマ2世の時代に、「ラーイ・ナム・トーン(ラーイは文様、ナムは水、トーンは金)」と言われる金の縁取りを施した豪華絢爛なスタイルで、王室専用磁器として作られるようになりました。

ベンジャロンは五色を意味していますが、中国を起源する、日本でも九谷焼で有名な「五彩」や有田焼(伊万里)と同じ、素焼きの後、釉薬を掛けて1300℃近くの高温で本焼きした白い磁器に、上絵具で文様などの色付けして、800℃くらいの低温で再度焼き付ける色絵磁器と言われるものです。


ベンジャロン〈ベンチャロン〉は王室に限らず、貴族、商人の生活にも浸透した、タイを代表する高級磁器なのです。タイの三大やきもの(陶磁器)は、セラドン焼き、ブルー&ホワイト、ベンジャロン〈ベンチャロン〉焼きですが、ベンジャロン〈ベンチャロン〉焼きは、王室専用に製造されていたという歴史もあり、金彩を施し、繊細で緻密な絵付けがされていて、圧倒的に豪華で高価なものなのです。

ベンジャロン〈ベンチャロン〉焼きを見ていますと、さまざまな文様がある一方で、同じ文様を見ることがよくあります。これは、まねしているわけではありません。ベンジャロン文様は、基本的にタイの伝統的なデザインを使用してますので、まねしたというものではないのです。
同じ文様でも、職人の技術や品質レベルに対する考え方で、値段や仕上げに歴然とした差が出るのです。
ベンジャロンに限らず、磁器の柄にはプリントや転写、手描きなどもあります。プリントや転写は安価に大量の製品を作ることが出来ますが、手描きのものは時間がかかることやそれ以上にこだわりなどで、高価なものとなります。また、ベンジャロンの絵付工程の中でも、何もない真っ白な磁器に文様の線を描く作業などが難しい為、熟練した職人が行います。色付けなどは、それほど難しくはないようで、経験が浅い修行中の職人が行うことが多いようです。また、色付け後に文様を縁取るように金液で、細い線を描いていく作業も熟練を要する作業なのです。


モン族の歴史(モン族グッズ)


ビルマの居住者の中で、モン族が最も古く、彼らは紀元前2500から1500年の間にビルマに到着したといわれております。モン族はモンゴルに起源をもつクメール族に近い血縁民族で、タイのいくつかの地方やビルマのテナッセリム沿い、イラワディ川デルタ地帯に定住していました。ビルマでの最初の強力なモン族の王国は、黄金の地として知られ港湾首都タトンをもった、スワーナブフミとして有名であり、水路と水路を結ぶ地峡の陸上輸送路から遠くなかったこと、この海への窓口を通してインドとの出会いがあり、アソカ皇帝とテーラヴァーダ(南方上座部)仏教の繁栄もと、平和に満ちた統一の栄華を誇っていた。アソカは仏教修道僧をスワーナブフミに召集し、テーラヴァーダ仏教の導入を促進し、モン族の文明を向上しました。タトンから2〜3マイルに位置した、古代の僧院的カラサの新開地は、モン族、ビルマ族の各年代記には、「アソカ王の伝道師たちにより開拓された」と述べられており、古いセイロンの記録にも、紀元前2世紀にセイロンで開かれた大きな宗教会議の代表者を務めたと書かれています。



ビルマ族で有名なパガン王国確立以前、タイ、ビルマ両国のモン族はラマニャ連合として政治的に組織化され、ハリプンジャヤ、タトン、ドワラヴァティの3王国はその中に属していました。8世紀モン王国はインド人との貿易・商業の安定した良い関係を拡張し、その拡張は瞬時にして革命的なもので、平和的でした。インド人の商人と船乗りは征服者、植民地開拓者ではなく友人としてタトンにやって来たのです。モン族は、インド文化を受け入れて、文明を発展させました。

モン族以降の人々が、ビルマにやって来たのは、北方からのチベット‐ビルマ系民族といわれております。モン族は未熟なビルマ族の王国が生き延び、発展するのを不承不承ながらも認め、その過程においてチベット‐ビルマ諸族の主導権はビルマ族に渡り、紀元849年、独自の都市パガンが創建されたのです。1044年ビルマ王、アノーヤターがパガンの玉座につきました。彼は権力と影響力を強化した後、1057年タトンのテーラヴァーダ仏教を信仰するモン族を征服したのです。平和裏ではなく武力による統合でした。征服はパガンの経済と文化、両方の基礎となり、タトンで捕らえられたモン族の工芸家、職人、建築技師、金細工師、木工彫刻家らは、技術と芸術をビルマ族に教えるためにパガンに連れて行かれました。モン族僧侶と学者はビルマ語、パーリ語、仏教経典を教え、ビルマ族はすぐに彼ら自身の学者を育て、パガンはテーラヴァーダ仏教を学ぶ中心地となったのです。

1287年パガンはモンゴル、フビライ・ハーンの軍隊によって陥落されました。パガン陥落の後、下ビルマのモン族は統合を強化し独自の王国を復活させたのです。その王国は、モールメン近くのマルタバンで樹立され、ワレル王によって統治されました。その後、首都は1365年にペグーに遷都されたのです。モン族は賢明な統治者のもとで、再び黄金の時代を向かえ、それは1533年まで続きました。一世紀半の黄金時代の間、ペグーのハンタワディー王朝はビルマの人々にも愛される、多くの金字塔を打ちたてた統治者を輩出しました。

1531年、タビンシュウェティーがタウングーのビルマ族の王となり、2〜3年の内に下ビルマのモン族を征服して、ペグーに都を作ったのです。彼の死後に、義理の弟バインナウンは、シャン高原とタイの一部を占領し第二のビルマ族帝国を確立したのです。
王国の都は上ビルマのアヴァに遷され衰退しました。1740年モン族は独立を宣言して、ペグー(ハンタワディー)に王国を再建したのです。1752年、ビルマ族の都アヴァはモン族に破れ、ビルマのほとんどの所がモン族の統治となったのです。

アラウンパヤー王として有名なビルマ族の指導者ウー・アウンゼヤは、モン族をアヴァ、上ビルマから追い払い、他の失った領土も回復しました。1757年までに彼はモン族を破り、モン王国ハンタワディーを併合し、これ以来ずっと、モン族は母国なき人々となったのです。征服者ビルマ族の指導者ウー・アウンゼヤは、3,000人以上の学識ある僧侶をラングーンの近くで大虐殺し、神聖なる経典、僧院を焼き払い、モン語とモン文学を禁止して、数千人のモン族を砦の柵で焼き殺す大量殺戮を行い、モン族を迫害しました。民族差別ははびこり、何十万人ものモン族が、安全な避難場所を求めてシャム(タイ)に逃れたのです。





タイ織物技術発展

タイで一般的な織物です。
地方や民族によって文様・色使いの違いによっていろいろな特色がみられます、北タイでは綿織物、東北タイでは絹織物が盛んなのです。意匠の違いなどもありタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアの伝統的な織物技術に、政治的な国の垣根がなく民族の流動によって広がったと言われています。
近年王侯貴族が身に着けている織物で、第二次世界大戦後に中国や日本から生糸を輸入し土着の粗い生糸と織り上げて民族的な風合いを出したものといわれています。のちにジム・トンプソンによってタイシルクとして商品化することになりますが、綿や生糸の生産が国内需要を満たせず輸入に頼っていたということや、技術的、生産性向上と大きく発展するのは20年とごく近年で、日本や欧米の織物業者が介入してからです。
タイシルクの歴史はとても浅いですが、タイシルクは大きく3つのスタイルがあります。

「タイ織物の種類」

・パー ルアン
何色もの横糸を使いますが、色ごとに部分的な往復をくり返しながら模様を織っています。織りあがった様子はまるで水の流れのように見えることから、「パー・ナムライ=水流の意」ともいわれています。

・パー キッド
イサーン(東北タイ)のほかに中部、北部タイで織られている金や絹、金糸で織り上げられた布地。シーツや枕カバー、座敷用敷布、
毛布・ショールまで幅広い用途に使われています。

・Mad Mee(マットミー)
伝統を継承し続けるイサーン(東北タイ)の特産品。マットミーとは縛って染めるという意味で、文字どおり綿糸のひもで縛って染めた絞り染めの糸を使って織った布なのです。図柄は織られている地域や部族で異なりそれぞれ独自の風合いを持ってますが、日本でいう大島紬や結城紬に似ております。丈夫で丁寧に扱うと何年でも着ることができるといわれています。




タイシルクと現代ファッション


織物産業としてタイ王国を代表するのがタイシルクです。
タイシルクといえば産業技術に大きく貢献した[ジム・トンプソン]が有名ですが、50年程前にジム・トンプソンが目にしたタイシルクは、素朴しすぎるうえに洗練されているといえないものだったと言われています。しかし、新たな産業として価値を見い出したジム・トンプソンはタイシルクを研究し、独自の美的センスを取り入れて作品を織らせることになります。
それがファッション雑誌の編集長の目に止まりグラビアを飾ったことで、世界から注目されるようになったのです。
タイシルクが衣裳として使われたアメリカのミュージカル『王様と私』で、多くの観客を魅了したことで広く知られるようになりました。
今現在売られているタイシルク製品のデザインスタイルはほとんどがジム・トンプソンの思想が継承されており、ここ数年タイのファッションデザイナー達が、伝統的なスタイルを継承しながらさらに新しいスタイルを作り上げているようです。


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